息子(お嬢さんの兄)の小学校は、少し変わった教育をする国立大学の附属小学校でした。教科書勉強をしない学校でした。(最高ですよね!)

 

教育方針に一目惚れをし「ここの学校で成長させたい。息子にはこの小学校しか無い。」と、いつもの直感だけで学校を決めました。

 

決めましたと言っても、国立大学の附属小学校と中学校なので、お受験を経験しました。

 

いつもの私の性格なので塾などには通わず、何もしないで受験をしました。アスペ女子の私は、息子がここの小学校へ通っている姿が見えたので、受験で失敗するなど考えてもいなかったのです。(単純すぎる)

 

小さな体で電車に乗り登下校をすることになりました。

 

学校の教育方針

教科書勉強はせず、「どんな時も生きる事に強くなる。サバイバルにも勝つ。」ということです。

 

私が生きる事に強くないので、憧れもありました。特に男の子なので強くなって欲しかったのです。

 

課外授業が多く意見を出し合い、小学1年生の時からレポートを書くことがほとんどでした。教科書勉強をしないので、小学2年生まで学校指定のポシェットだけで登校をしてました。ポシェットの中は、ハンカチとティッシュのみです。

 

中学年からは、ランドセルのような物がありましたが、カバンの中はグローブやけん玉を入れて行っていました。

 

低学年のうちは、校庭や山の中で思いっきり体を動かして遊ぶので、毎日ズボンのお知りを破いて帰宅していました。毎日敗れたズボンのお尻にミシンがけをする事が、私の日課となっていました。

 

子供らしく、いきいきとした生活を送っていました。

 

個人面談で伝えられたこと

入学して間もなく面談日があり、そこで担任から言われた言葉があります。

 

「勉強は、本人がやりたいと言うまで親の意思で塾に行かせないでください。親が決めてはいけません。その時期が早く来る子供と、少し遅く来る子供がいますが、親が決めなければ必ず勉強をしたいと自分から言う時期が必ずやってきます。その時が伸びる時期なのです。宜しくお願いします。」という言葉でした。

 

その時期が来るまで、とにかく読書を好きになっていれば、全ての物事に対し読解力がつき、自分で考えることが出来る人間になれるということでした。難しい問題も解く力が付くので、あっという間に勉強は追いつくとおっしゃっていました。

 

はい、鵜呑みにしました!

 

社会に出てから強く生きるには、読書を通して身に付けた知識と人の気持ちが理解でき、物事の判断ができるようにならないと社会でのリーダーにはなれないということを説明してくださいました。

 

はい、鵜呑みにしました!

 

これらの話を聞いて、アスペ女子な私は、言葉通りに息子の教育をしてきました。この学校の教育方針を教えて下さったと思いました。受験をしようと思ったときに感じたよう、強く生きていける大人になって欲しかったからです。(素直すぎる!)

 

言葉通りに受け取るアスペ女子な私は、この学校に入学した全ての親が子供が勉強をしたいと言うまで、塾に通わせないのだと素直に受け取り疑う事すらしませんでした。(少しは周りを気にしろ!)

 

 

小学生の息子の生活

教科書勉強をしなかったので宿題も無く、帰宅後は夕食を食べてから読書をする時間がたっぷりありました。週に7~10冊の本を学校の図書館で借りてきて読んでいました。

 

小学4年生の時に、「本屋さんに行って本を買ってほしいのだけど、連れて行ってくれる?」と申し訳なさそうに言うので、「何か読みたい本があるの?」と聞くと、「学校の図書館の本を全部読んじゃって、読む本がなくなった。だから、本屋に行ってみたいんだ。」と言うので、驚きましたが興味があることなので本屋へ連れて行きました。

毎回本を購入していられないので、図書館なども利用しましたが、読書をするペースは進むばかりで小学生にしてはかなりの量を読んでいたと思います。

 

こんな感じで、小学6年生まで我が家の息子は遊びと、ひたすら読書をしておりました。

 

中学生になって驚いたこと

中学も附属中学へ入学しました。小学校生活と真逆の生活指導に入っていきました。

 

校則、学習全てが軍隊のように厳しいしつけでした。

 

学校の狙いとしては、ここまで厳しい集団生活を送れば高校生以降の生活が、何処へ行っても楽に感じる人間になるということです。

 

それは有りがたいことでしたが、学習面でも勉強勉強になりました。普通の中学と同じように中間、期末試験が待っていました。

 

初めての試験

中学へ入学すると、息子にとっては初めての教科書勉強でした。

 

「お母さん、教科書を使って勉強するのはすっごく楽しい!」と、帰宅後にニコニコしながら話していた息子の笑顔を忘れる事ができません。

 

しかし、初めての中間テストを受けて帰宅した息子の顔が深刻でした。

 

「お母さん、テストって名前を書いたりするんだよ。問題を読んで答えを書くところを探すのも時間がかかるのに、周りの友達は問題用紙をどんどんめくるんだよ。なんでかな?めくる音が気になるのに周りは気にしていない感じなの。」

 

私は息子に言いました。「初めてのテストだから慣れないだけよ。慣れるから大丈夫よ。」(呑気すぎる)

 

そんな呑気な考えで期末テストが終了した時のことです。

 

息子が私の目の前で土下座をし始め「お母さん、申し訳ないのだけど塾に行かせてください!」と言いながら大泣きをし始めました。

 

よしよし、やっとこの時期が到来したか!

 

と、にんまりして息子に言いました。「自分で勉強をしたいというまで待っていなさいと、○○先生がおっしゃっていたので、この日を待っていたのよ!良し!塾を探そう!」

 

「お母さん!遅いんだよ!僕以外の友達は3年生頃から塾に行っていたんだよ!」

 

「え?!嘘!中学を外に出る子だけでしょ?塾に行ってる話は聞いたことがないよ。」(アホか!)

 

 

はい!我が子以外は、進学塾へ通っていましたTT

 

後から考えれば、教育熱心な親ばかりでしたので高校受験に勝つため、幼い頃から地域でトップクラスの進学塾へ通わせていたそうです。裏切られた感で私もショックでした。

 

息子よ、ごめん!

 

高校受験まで

学習面ではかなりきつい生活に入りました。塾だけでは間に合わず家庭教師もつけてくれと言うので、ダブルで毎日勉強に集中しました。

 

その他、息子は中学生活で生徒会の副会長と生徒会長をやらせて頂いていたので、朝礼の時の原稿書きや生徒会の仕事に追われていました。

 

学習面の遅れは、3年生の後半でトップクラスに入れましたが、それまでの成績が良くなかったので希望する高校へは入学出来ませんでした。

 

中学卒業式の日に、息子が言った言葉は「勉強も遅れていたのに、生徒会長の仕事が忙しくきつかった。人生の汚点だ!」

 

その言葉に対して、何も返事をする事ができませんでした。

 

言葉通りに受け取りすぎた母が悪かったと反省をしていたからです。

 

その後の息子

アスペ女子の母親に育てられた現在の息子は、都内の私大の文学部の4年生になりました。大学も希望通りにはいかなかったのですが、それなりに学業とサークル活動に励んでおります。

 

生徒会長になって忙しい思いをしたことを「人生の汚点」と言っていましたが、大学のサークルでもまとめ役をやっております。

 

「やらずにはいられないんじゃない笑」と思ったが、怒られるので言葉には出していません。(当然だ)

 

就職活動では、文学部なので出版関係にいくのかと思っていたら、文学は好きなので他人の原稿の校正とかしたくないんだ。自分で書く気力がなくなるから。」と、仕事にはしたくないと言い、システムエンジニアで就職を決めました。

 

働いてお金を頂けるのなら、いただける分の仕事が出来るようになれば良く、どんな仕事でも自立できる人間になれば良いという考えのようです。

 

先日、息子と今までの生活に関して話をしていたら、「人生の挫折ばかり味わって来て、厳しい現実を見てきたから、僕は強いなと思うよ。小学生まで、僕だけ馬鹿みたいに遊んでたもんな。遊ぶ時に沢山遊べて良かったよ。沢山の本も読めたしね。」と笑いながら言っていました。

 

しかし、言葉通りに受取ってしまう母のせいで、息子には大変苦労をかけてしまいました。

 

アスペ女子、恐ろしい!

 

 

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