おかしいなと思いながら生きてきたことがあります。

 

それは、数字に弱いという事です。

 

いつ頃から感じるようになったかといいますと、方程式の学習をするようになった頃からです。

 

鉛筆で書いて計算することは、普通に(遅いが)できるレベルなのですが、いまだに暗算で二桁の足し算引き算は両手両足を使ってしまいます。

 

 

救いようがない数学

 

私が(母)の中学時代の話です。

数学の授業がチンプンカンプンになってきました。方程式でも基本問題は解けるのですが、文章問題になると文章を整理する時間が、ものすごい時間を要するようになってきてしまったのです。

 

通学していた学校の数学教師は、50点以下をとると竹の棒で頭を叩く先生でした。中間期末テストでは、毎回竹の棒で頭を叩かれていました(涙)

 

ある日、どうしても頭を叩かれたくなかったので、先生が竹の棒をもった瞬間に廊下に走って逃げた事があります。先生は大声で私の下の名前を何度も呼びながら、走って追いかけて来てとうとう捕まってしまった思い出があります。

 

「○○、逃げたら余計目立つから恥ずかしいでしょ!叩かれたくなかったら勉強しなさい。」と教壇の前に立たされた私に言いました。悔しくて悔しくて、クラスの前で大泣きをしました。

 

いや、数学の勉強は他の教科の数倍やっていたんです。他の教科は、さほどやらなくても点数が毎回ありましたので数学と歴史(これも苦手)の勉強に時間をかけていました。

 

しかし、自宅学習をしていても理解が出来ずモンモンとした日々を過ごしていました。叔母が高校の数学の教師をしていたので、母が頼み込み徹夜で教えに来てくれた事がありますが、あまりに理解できない私の脳に、叔母もお手上げでした。

 

中学3年生では、ついにあの数学の教師が担任となったのです。毎日担任の顔を見なければならないことは恐怖でした。

 

3年の春から、毎週土曜日に私だけ弁当を持参し、放課後授業を高校受験が終わるまでやらされていました。(やっていただいていたのに、やらされていたとしか当事は思えませんでした。)

 

数学のせいでいける高校がないぞ、と脅されていたんです。他教科は最低でも70点以上はありましたが、数学だけはいつも30点前後だったのですTT

 

その結果、公立高校だと5教科の試験があるので、私学の3教科で受験ができる高校の試験勉強を徹底的にやらされました。

 

とは言っても、数学があります。受験前の2ヶ月間は数学の出題される問題を先生が予想をたててくださり、徹底的に丸暗記する感じで記憶しました。

 

受験の前日、先生との最後の個人勉強で「確率と図形、これを寝る前にもう一度解きなさい。」という言葉が頭に残り、1度寝てしまいましたが夢の中で先生の言葉が出てきたので飛び起き(悪魔のささやき)、2つの問題を解いてもう一度眠りにつきました。

 

そしたら、数字が変わっただけで似た問題が出たので大きな点数を取る事が出来ました。しかし、まる暗記をしていただけなので、なぜこの方程式を使うのか、など理解はできませんでした。

 

お陰さまで高校へ進学する事ができました^^

 

先生が1番安堵していたと思います。その学校しか受験しなかったので、不合格になれば入学する高校がなかったからです。

 

今思えば、先生は私の脳のおかしさに気がついておられたのかもしれませんよね。

 

学生の頃の算数、数学の思い出は失敗だらけです。

 

 

学習障害

 

最近いろいろ調べていたら、[算数障害]という言葉がありました。数字に関する能力に困難がある。

 

今更検査してもどうしようもないので、今のところこのままの生活をするつもりですが、もしかしたら「算数障害」なのかもしれません。ここまで、数字に弱いのは自分でもおかしいと思っていたからです。

 

この他、学習障害には「読字障害」「書字障害」があります。

 

読字障害は、読む能力に困難がある。書字障害は、書く能力に困難があるです。

 

読字障害で有名な方にトム・クルーズさん、スティーブン・スピルバーグさんなどがおられますよね。

 

困難な生活の中でも、得意な分野で活躍されています。

 

お嬢さんと息子

お嬢さんの数学に関することは、珍回答をしてしまったのはこちらからです。

 

数字の計算だけなら、私よりは速いと感じています。(そのレベル)

 

定型発達の息子も、努力をしてどうにかなるレベルですが、数字を見ることも嫌いだと言っております。

 

3人で会話をしている時に、二桁の計算になると3人とも目を天井に向けて、しばらく考えるほどです。

 

子供達が「お母さんの遺伝子強いよ。」と言うのです。ショックですTT

 

 

おまけ

高校1年生の時に、数学の担任に赤ちゃんが誕生した知らせを聞いたので、お祝いを持って友達と担任に会いに、中学校へ行きました。

 

なんと、先生の子供の名前は私と同じでした。

 

それを聞いたときに「私と同じ名前なら、数学が出来ない子供になっちゃうよ!」と言った記憶があります(笑)

 

「数学なんて出来なくて良いのよ、はい!これあげる。好きな勉強をしなさい。」と言いながら、先生から大学ノート10冊とHBの鉛筆1ダースを渡されました。

 

私が数学が出来ない事をいつも怒っていたと思っていましたが、先生が初めて優しい顔を見せてくれたのでホッとしました。

 

忘れる事ができない数学の担任でした。感謝の気持ちでいっぱいです。

 

最後まで読んでくださり有り難うございました。

 

 


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